人間らしい大切な「感覚」たち〜どこかに置き忘れてきてしまったの?〜
母なる大地が削られ、心が痛む
このような話を聞いたことがあります。
その方は、小さい頃、住んでいた田舎町から都市部へとクルマで出かけるとき、嫌な光景が目に入ってくることがあったといいます。
ちょうど居住地と里山の境目あたり、そこでは山や森が削られ、新たな土地が造成されていました。
削られて露出した土肌は、まだ地中に埋まっていた頃の湿り気が残っていて、少し前までは豊かな生命が宿っていたのがわかるくらいでした。
「どうしてこんなひどいことをするんだろう?」
その方は、子どもながらに、大地が削り取られていくさまにとても心が痛んだそうです。
どうでしょうか? 同じような感覚を抱いたことのある方は、いますか?
この方はとても繊細な感性を持っていたというだけなのでしょうか?
それとも、私たち人間なら誰しもが持っているはずの大切な感覚ということなのでしょうか?
日本では「地母神」という言葉がありますが、「母なる大地」の感覚を持っていたからこその心の痛みなのでしょう。
今では山が削られ、土地が造成されていくという光景は当たり前すぎて、特に気にとめることすらなくなってきているのかもしれません。
私たちは現代社会に「適応」するなかで、どこかにこういった大切な感覚を置き忘れてしまってきているのでしょうか。
人工知能(AI)は、ヒトがいらなくなる社会を目指しているのか?
人間らしい「感覚」とは対照的であるのが、いま、世間で注目されている人工知能(AI)です。
人間ができることのほぼ全ては、近い将来、AIによって可能となると言われています。
それは、人間がいらなくなる時代へと進んでいるようにも見えます。
私たち心理カウンセラーからすると、「それでも心の分野だけは、AIでも到底無理なんですよ」と言いたいところです。
ところが、すでにAIによる心理カウンセラーも開発可能と言われているようです。
この先、二つの対照的な大きな流れができるのではないかと、筆者は考えています。
ひとつはAIのように、全てをテクノロジーで行っていこうとする流れです。
そしてもうひとつは、感性、野性、無意識といった「感覚」を研ぎ澄ませていく方への流れです。
つまりテクノロジーでは、まだまだたどり着けないであろうと思われる分野です。
「感覚」を研ぎ澄ませていき、人間らしさを取り戻す
昨今、マインドフルネス瞑想が人気ですが、マインドフルネスは、後者の感覚を研ぎ澄ませていく方向にあります。
では、感覚を研ぎ澄ませていくためにはどうしたらいいか?
そのためには、自分の感性や野性によい刺激があるところに、身を置く時間を増やすのがよいでしょう。
例えば、
- アートにふれる
- アドベンチャー体験
- 人や動物とのふれあい
- 自然に親しむ
- ヨガ、瞑想、マインドフルネス…etc.
そういった意味では、自然の中で森林浴やマインドフルネスなどを行う森林セラピーはまさにうってつけです。
感性や野性によい刺激があるところに身を置く時間を増やしていくと、私たちの大切な感覚が衰退することなく豊かに育まれていくことでしょう。
人間の人間らしさのひとつがここにあるように思います。
この記事を書いた人

新行内勝善(しんぎょううち かつよし)
心理カウンセラー、森林セラピスト、精神保健福祉士。
東京メンタルヘルス社にて、メンタルヘルス相談や、心の病からの職場復帰をサポート。
職場復帰プログラムでは森林セラピーを導入。
また、スクールソーシャルワーカーとして小中学校の子どもたちと家庭をサポート。


